ビジネスって?仕事って!?
くろみーです。
今日は最近自分がもやもやと考えていたこと
【市場・ビジネス・市場規模・仕事】についてある方に相談した時にすごくすっきり
言語化してくださったのでそれを書き留めてみます。
ホリエモンが「99%の会社はいらない」と言っていて
すごく納得してしまって(99%は極端かもしれませんが。笑)
そのときに分類でいってしまえば自分がやっていること・所属している会社も
いらないビジネスに分類されてしまうんだろうなって思ってしまった自分がいました。
客観的にありきたりなビジネスモデルで零細企業で手をとりあって
わちゃわちゃやっている。と。
自分は目の前の求職者・お客様に向き合ってやっていて
感謝されたときそれ自体はとても楽しいけれど
マス的にみればそういうことなのだろうと。
たしかに時間や数字に追われて立ち止まったとき
社会からみて自分のやっていることを俯瞰すると
むなしい気持ちになることが多々ありました。
そこで自分の中で
ビジネスっていうものに対しての考え方を言語化して
整理する必要性が生まれました。
「ビジネス」「仕事」とはなんなのだろうか。
それを考えるためにまず市場・市場規模というものについて考えてみたいと思います。
よく〇〇市場は市場規模が5兆円あるから可能性がある。などと言われます。
そもそも市場規模ってなんなのでしょうか?
僕がもやもや考えていたことをある方に相談しました。
その方が言っていたのは市場規模はいろんな人が生み出した
市場の集合体であるということです。
本来ビジネスというものは、自分が人に提供したい価値があってそれをかたちにして(サービスにして)人に提供するっていう目的であったはず。(周りをみて自分が周りにできることを考えて実践して貢献する。自分のできることを考えて周りに貢献する)それが市場を生み出すということで1万円でもいいから市場を生み出すことが大事だなって感じます。その集合体が市場規模です。
いまの世の中の考え方として「ビジネス」とは市場がすでにある中で、それをとりあうというものである(そういう構図がある)という考え方が蔓延していると感じます。同業界(同市場)で他社との差別化とか営業戦略であるとか。そういう考え方だけでビジネスをやってしまうと、本来お客様に貢献することが目的であり、対価がお金という紙切れ(信用)であるはずなのに、お金を稼ぐことが目的に変わってしまいがちです。本来一番大切にすべきお客様への提供価値への視点が欠如してしまう。小手先のテクニックとかが横行しちゃう。マネーゲームになってしまう。お客様起点ではなく市場での差別化を入り口で考えてしまうとそれはお金を稼ぐ手段になってしまいます。自分はこの構図が「仕事」や「ビジネス」がおもしろくないという考えが広がってしまっている原因なのではないかと考えました。
その方は市場をつくるということをリンゴの木を種から育てて、実がなるまでつくることに例えました。その木が市場で実の数が市場規模です。自分は木を育てて実ができたときに、みんなに喜んでもらい感動したいなと直感的に思いました。
実を取り合うゲームは個人的にあまり好きではないなと感じました。
では本来「ビジネス」や「仕事」とはなんなのでしょうか。
お金という概念ができるもっと前には、みんな目的のみで動いていたと思うのです。
もし「ビジネス」や「仕事」を
【目的をもって人の役に立つこと】と定義すればそれは日常的に誰もがやっている
ことだと思うのです。
・料理を作ったら友達が喜んでくれた
・野菜を作ってご近所とわけわけした
・友達が苦手な裁縫をやってあげた
・彼女欲しい友達と彼氏ほしい友達をくっつけた
・友達に勉強を教えてあげた
これこそがビジネスだなと思うのです。
なんか小難しくなってたりするだけなのです。
ただ社会全体がそういうとらえ方をしていないことが多いから
若者は違和感を感じて仕事が嫌になってやめてしまのかなと感じます。
「社会貢献」が目的であったはずなのに「企業の存続」がいつしか目的にすり替わっていないでしょうか。お金の稼いだ額のみが成功の指標になってしまうと人によっては勘違いし、自分の人生が豊かになったというふうに感じてしまうと思うのです。しかしそれが現在の社会では一般的に成功したといわれています。しかし本当に社会起点で有意義なビジネスをしていなければ心は寂しくなり消費を繰り返します。
(もちろんたくさんお金を稼いでいて、社会的に価値のあることをやっている方がたくさんいます。といいうかそのほうが多数派ではないかとも思います。)
とはいえお金を稼がないと生きていけません。それも事実ですが社会・時代は確実に変わり始めています。信用をお金に変換できるクラウドファンティング。みんなが本質に目を向けるためのベーシックインカム。
話が飛躍してしまいましたがこのように「仕事」や「ビジネス」を定義するならば、苦しんで仕事をするのはとてももったいないと思うのです。ぼくたちは週5苦しむために生まれてきたわけではないと思うのです。
「本質」の時代が到来しています。ラッキーです。楽しいです。
【くろみや会社辞めます!その背景と今後の展望】
くろみや2年間務めた会社を辞めます。
2月末で退職を決めました。
退職後は「教育」をやっていきたいと考えています。
・自分が「教育」をやっていきたい理由・背景
・その「教育」ってなんなのか
・なぜそう思っているのか
についてこの機会に自分の中で言語化しておこう、そして発信しようと
思いブログを開設してみました。
自分のルーツ・育った環境・感じてきたことから
ひも解いていきたいと思います。
【やんちゃな幼少期・自分勝手でエネルギッシュな少年】
黒宮佳史(下の名前はよしふみと読むが、だいたいはくろみやかくろみーと呼ばれている)は三重県の津市で3兄弟の長男として生まれました。
3つ違いずつの弟が2人いて幼いころにお母さんを弟にとられがちだったので、寂しがりな大人に育つ(笑)
保育園では、「うんとさー、あんとさー、えっとさー。」と自分の考えを言葉にするのが苦手でよく友達が話が終わる前に飽きられていたのを覚えています。あとは先生に何回注意されても廊下を走るので、ついに園長室にひきずって連れられてこっぴどく怒られました。なぜかやってはいけないと言われたことをやりたくなるところがあり(周りの気をひきたいのもあったのかもしれない)怒られる回数はクラスで№1でした。
この傾向は小学校に入っても変わらず、周りを見ずに行動する・思いついたイタズラをやらなきゃ気が済まない・自分勝手・転校生の女の子の顔がきつねに似ていて「きつね」と言い続けて泣かせる・音楽の授業でピアニカの練習をしている時に自分はもう覚えてしまって暇だから間奏に「チャラララリン」とアレンジをいれる・などなど月に1回は理科室に個人的に先生に呼び出されて怒られました。理科室の廊下の小窓からこっそり怒られているのを覗いているじゃじゃ馬に腹を立てながら、大泣きしていたのを今でも思い出します。
・やっていいこととやってはいけないことの区別がつかないの!
・もっと周りを見て行動しなさい
この2つは特に先生に言われました。
そのかたわら、休み時間になると走って運動場に出てみんなをまとめてドッジボールやキックベースをしたり、毎月の誕生日会では出し物を毎月考えてみんなを楽しませたり、始業式では校歌を大声で歌う(笑)そんな活発な少年でもありました。
【父のうつ病・周りの目を気にしだす自分】
小学校の5年生になった頃、会社を休みがちになっていた父がうつ病を発症し入院しました。3か月か半年ですぐ退院はしたものの家でひきこもりになり、家庭では母と夫婦喧嘩を繰り返すようになりました。3兄弟の長男の自分は家庭の中でバランスを保つ役割を担わざるをえなくなりました。「自分は両親が好きだったので離婚してほしくない」「弟たちに負担をかけたくない」そういった思いから泣いて夫婦喧嘩の仲裁に入ったり、大きな物音をたてると父が怒るので弟を静めたり、そんな日々が続きました。
そうこうしているうちに学校では、今まで泣いて流せていた先生の怒る言葉や怒られているのをおもしろがる友達の声を気にしだすようになり、いつからから必要以上に周りの目を気にして優等生を演じるようになりました。今まで自分が理解すると授業中でも後ろを向いてしゃべっていた自分が授業を真面目に聞くようになりました。
中学校に入ると、演じる優等生はエスカレートし、フランクだった自分が周りと壁を作るようになりました。謎の優越感や周りを下げることで自分の自尊心を守り自己保身するようになりました。おそらく小学校時代のやんちゃでフランクな自分を見ている友達は「くろみや変わったな」と思っていたと思います。周りとのコミュニケーションが減り、家庭のストレスも増大していきました。この頃くせ毛もひどくなり外を歩くのが学校の中を歩くのも嫌になりました。自分を自分で認められなくなっていったのです。中学校時代が人生で一番しんどかったように思います。
【回復を見せる高校時代・自分の欲望に従いだす】
そんな中学時代を過ごしたくろみやはその弊害から、コミュニケーションが苦手になり、人前に出るのに必要以上に緊張し、自分を表現するのが苦手になっていました。人生が楽しくなくなって無気力になっていました。そんな状況に危機感を覚えた高校1年生のくろみやは人の目を気にして行動することを勇気をしぼってやめていきます。少しずつ自分の欲望に従いだして、閉ざしていた心も少しずつ開いていきます。いつも話さない人に話しかけてみたり、周りの目を気にせずみんなに発信してみたり、少しずついろんな自分も受け入れられるようになっていきました。家庭の中で自分が我慢しなければいけないと勝手に思っていましたが、必要以上に我慢することもやめました。
ずっと友達に父がうつ病であることを言えてなかったが、(自分がそのことを受け入れられずにいた)高校3年生の時に友達に打ち明けることができました。
この時くらいから徐々に父のことを受け入れられるようになりました。
【素晴らしい出会いと成長】
大学に入学するとバレーボールサークルに出会って入部し、バレーボールを始めました。このサークルが自分にとって最高の環境でした。高校に入って回復はしていたもののまだ自分よがりで視野の狭い自分に大切なことをたくさん教えてくれました。
・多種多様な価値観を理解して尊重すること
・他人のアドバイスや意見を素直に受け入れてまずやってみること
・チームの中で自分の役割を見つけてチームに貢献すること
・何事も全力で楽しむこと
そうこうバレーボールに打ち込んでキャプテンに志願して打ち込んでいるうちに、「リーダーシップ」「組織」「モチベーション」にとても関心を抱くようになりました。
バレーボールというスポーツは
・相手コートに返すまでに3回さわる
・狭いコートに6人密集していて仲間同士の距離が近い
などの特性からよりチーム力が問われるスポーツでした。同じくらいの実力でチーム分けをしたつもりでも、大きく差がついたりします。
そこにはチーム力・組織力が起因していると実感して、FFS理論なども勉強しました。
【人事領域の会社に入社・採用サービス部に配属】
組織やモチベーションに興味を持った結果、それが社会でいうと人事だろうということで(だいぶ簡略)人事の会社に入社しました。
3か月の研修を終え、採用サービス部に配属になりアルバイト求人広告の営業を始めました。いろんなところに営業に行かせていただき「こんな仕事があるんだ」「そんな経歴をもってるんだ」「そんな経緯で起業したんだ」などなどすべてが新鮮でした。と同時に今まで何も知らなった自分が少しずつ社会のことを知っていき、自分の将来について考える機会が就活のとき以上に増えました。
就活のときにある社長が就活生に向けてこんなことを言っていました。
社長「みなさん何の教科が得意ですか?」「なんの教科が苦手ですか?」
就活性「体育!」「英語!」「国語!」
社長「なんの仕事が得意ですか?」
就活性「・・・・・・」
社長「この差はやったことがあるかないかの違いだけです。」
就活性「ほーー。」
社会を知る機会大切です。
1年近く求人広告の営業していると、ビジネスモデルや業界に疑問が湧いてきました。
・人が集まらなくてもお金は発生する
・売り手市場で大手媒体が営業利益が2倍3倍になったらしい
・大手媒体が条件で仕事を選ぶように転職者を促すような広告をしている
いろいろ調べたところ求人広告というビジネス自体が人の需要と供給のギャップが大きければ大きいほど売上がたつビジネスであること、求人票という文字上で仕事を説明するかたちが20年、30年前から大きくは変わっていないこと。
社会全体から見た時にのビジネスがいまのかたちのまままかり通るべきではないと感じました。
2年目の6月頃求人広告の営業をするかたわら人材紹介をやって結果を出せたため、人材紹介をさせていただけるようになりました。
日々求職者と面談する中でいろんな人の人生ストーリーや思いに触れました。
自分と会う中でモチベーションが高まった、転職の具体的イメージが湧いた、自分に自信が持てましたという求職者の声はとてもうれしかったです。
人にとても興味がある自分にとってすごく刺激的で楽しくてやりがいのある仕事だと感じました。
しかし、一方で様々な疑問も感じました。
・「やりたいことがない」という求職者が多すぎる
・人間関係で辞めたと言っているのにいざ転職となると条件ばかり気にする
・求職者の自己理解が浅い
・面接同行をしていても人事の方が全然求職者のことを深堀できていない
・企業が自社が欲しい人物像が曖昧
これでは離職率が高まることは必然であると感じました。
よく採用は恋愛にたとえられます。優秀な人だからどの会社でも活躍できるというわけではないのは明確です。
【誰もが志をもって自分の意見で生きる世の中】
こんな経歴や背景をもっているから自分は「教育」をします。
自分の声を聞いて自分の人生を生きられるような人を増やしたいし、自分が自分の人生を生きます。
今思えば自分は自分に自信がないから人の意見で生きていました。(今もまだそういう部分も大きいです。)
現状に違和感を感じながらもなんとなく正論っぽい人の意見をあたかも自分の意見にして生きるのは楽かもしれないけど楽しくはないです。
自分は騙せません。なんとなくむなしさが募ります。
寂しくなり人に依存します。ギャンブルにはまります。周りに不誠実なかかわり方をしてしまいます。自分を傷つけます。人を傷つけます。言い訳をします。人を批判します。自分の責任から逃げます。
自分も前述の通り誰よりも人の意見で生きていました。しんどかったです。辛かったです。友達が離れていきました。自分を肯定してくれる友達だけ会って他の人を遠ざけて否定していました。
愚痴を言っても現状は何も変わりません。我慢してサラリーマンを続けていけば着実に昇給する時代でもありません。
自分の人生を生きましょう。本音で語り合いましょう。自分が変われば周りが変わります。必要な人に出会います。不思議です。